いぐちゆうとの雑記ブログ

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『内容の薄い記事』ってなんだ

どうも。 

ブログで内容の薄い記事がある。

それは水で物凄く希釈したコーラみたいなものか。

『こんな薄いコーラ、コーラじゃない!責任者を呼べ!』と怒りだす人もいるかもしれん。


そもそも、内容の薄い記事ってどういう感じだろうか。


『今日は夕日を眺めました。とっても綺麗です❤️』という1文に、夕日の写真を1枚添えてあるだけのブログ記事か。

いや文章はともかく、

綺麗な夕日の写真が添えてあるなら、

それだけで価値があるようにも思えてくる。


『夕日』自体にパワーがあるし、

それを眺めて綺麗だと思う人は、

およそ全世界の人口の8割ぐらい存在するのではないだろうか。

『とても感動しました。この夕日が見える場所に行きたいです。』と思う人が現れても不思議ではない。

誰かの心を動かしたなら、それは内容の薄い記事ではない。


ならこれならどうだ。

『今日はお昼ごはんにパスタを食べました。とても美味しかったです❤️』という1文に、美味しそうな明太子パスタの写真が1枚添えてあるだけのブログ記事だ。

おお、これなら内容の薄いありきたりなブログ記事に思えてくる。

しかしちょっと待て。

数あるランチのメニューから、その人は『明太子パスタ』を選択したのだ。

カレーやうどん、ラーメンに寿司だってなんだってあるのに、その人は『明太子パスタ』なのである。

全世界の同月同日同時刻に、

ランチに『明太子パスタ』を選択した人は、果たして何人いるのだろうか?

0ではないと思うが、数は絞られてくる。

しかも上記の2つの文末には、

❤️が添えられているのである。



ブログ記事の文末に❤️だぞ。

誰が見てるか分からないのに、❤️をつける勇気。

まずはそこを褒めるべきだ。

❤️を添える人は果たして何人いるだろうか。

それにそのパスタが美味しそうに見えて、

『どこのお店ですか?私も行きたいです!』と思う人も現れるかもしれないのだ。

パスタの情報を求めている人にとっては、十分有益な情報になり得る。

誰かにとっての有益な情報になり得るなら、その記事は決して薄くはない。




気付いてしまった。

ブログの内容自体が薄いのではない。

ブログを読む側見る側が、

『景色』や『ランチ』というだけで、

勝手に薄い内容だと判断しているのだ。

それに、ブログを読む側見る側の捉える力や解像度、発想力がヘボいとも言える。

一瞬ありきたりでどこにでもありそうなブログ記事。

最初はそう思えるかもしれない。

しかしよくよく目を凝らして注意深く見ていくと、

全然ありきたりなブログ記事ではないのかもしれない。

『内容の薄い記事を連発するんじゃねぇよ!』と批判されていた人はどうかこれからは安心して欲しい。

今後は読む側見る側の問題で、

『お前たちがこちら側のレベルについていけてないだけだ!』と言い返せば良いのである。




(追伸)

小学生でも書けるような普通の
『ランチ』のブログ記事をアップしてんじゃねぇよ!

頑張って擁護してみたけど、やっぱり内容が薄いんだよ!

まぁ、その人のブログなんだから、自由なんだけどね。

おしまい。