井口佑斗のブログ

井口佑斗のブログです。

感謝

どうも。


屋根のある家に住めてありがたい。

毎日ご飯を食べることが出来るのでありがたい。

スマホでブログを書くことが出来るのでありがたい。


動かせる身体と頭があるのでありがたい。


最近は、全てのことに対して感謝の念がわいてくる。


人生において、もちろん悲観してしまう時もあるだろうけど、感謝出来る所をたくさん見つけよう。


プラスな事に目を向けると、


自分は恵まれているのだなと実感する。


マイナスなことばかりを探すよりも、プラスな事を数えよう。

心の均衡を保つため、そして悲観的な自分を消すために。

感謝。

おしまい。

祖母が入所している施設に行ってきた  

どうも。

2020年1月5日(日)

祖母が入所している施設に行ってきた。

電車で約2時間ほどかかった。

祖母をどこの施設に入所させるかの話し合いに参加していなかったため仕方ないが、随分と僻地に押し込められたものだなと感じた。


長らく住んでいた所から離れて暮らすのは可哀想だなと思うが、

施設は食事や風呂の管理も行ってもらえるため、祖母を一人暮らしさせておくよりかは安心感がある。


本当は祖母が住み慣れた地域での施設に入所してもらう方が良かったのだが、叔父夫婦が下した決断であるし、向こうと波風をたてる必要もないと思うので、これは仕方あるまい。


僻地の施設に入所していることは心情としては心が痛むが、食事や風呂などをきっちり管理してもらえるので、ここはグッと堪えて、割り切るしかあるまい。

「住み慣れた地域に帰りたい。」と言っていたのが胸に響く。



また会いに行くつもりだ。


おしまい。

年末年始の日記

どうも。

しばらくブログを更新していなかったが、今日はヤル気があるので書く。


2019年12月25日(水)

クリスマスという意識もなかったため、18時30分まで自宅で爆睡していた。

家族からのLINE で起こされ、ようやくクリスマスだと気付いた。

そこからシャワーを浴び、実家へと向かった。

オカンのコロッケを食べたが、美味しかった。

一人暮らししていると、たまに母親の手料理が食べたくなる。


親が死んでしまったなら、この手料理も食べることが出来なくなるのだなと、クリスマスなのにしみじみしてしまった。



26日〜28日の記憶なし。



2019年12月29日(日)


バッテリーの経年劣化でスマホがお餅みたいに膨れ上がっていたが、しばらく放置してそのまま使用していた。

実家に戻り、家族にそれを見せると、

「流石にそれはヤバい。変更しろ!」と言われたので、直接契約している店舗で機種変更を行った。(母と弟も機種変更した)


機種変更するだけなのに約3時間もかかり、なんか無駄に時間と体力を消費した。



その後、家族で地元のイオンモールへと向かった。

正月休みに焼肉をするため、塩タン1kgと野菜類、そしてお菓子類を2万円分購入した。


2020年12月30日(月)

モンブランケーキ、大福餅、最中、シュークリームを食べた。

実家でスイーツパーティーを開催した。

甘いお菓子大好き。



2020年12月31日(火) 大晦日

家族とガキ使を最初から最後まで見ていた。

紅白歌合戦は見ていない。


ガキ使を見ていたら年越ししていた。




2020年1月1日(水)  

お昼はお雑煮とおせち。

夕食は実家で焼肉。


2020年1月2日(木)

お昼はお雑煮とおせち。

夕食はオカンの豚汁。


2020年1月3日(金)

お昼はお雑煮。

夕食は水炊き鍋。お汁粉。


年末年始は実家でゆっくり過ごせたので良かった。


のんびりが1番。



おしまい。

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます!

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます!

本年も宜しくお願い致します。



2020年になった。

だいぶ前に書いた記事である

「はっきり言って、身体障害者なんて生き地獄だよ。」に、


「障害者は生きる意味がない。」とコメント欄に書き込まれていた。




これに対して俺は別に何も思わないが、

人によっては怒る場合もあるかもしれない。

あまりこういうコメントは書き込まない方が賢明だと思う。
(あまりに酷い場合は訴訟を検討する)



この記事を書いた時の精神状態はどん底で、悶々としていたのだが、今は可もなく不可もなくといった普通の状態で、

「毎日ご飯を食べることが出来て幸せだな。一人暮らししながら、日常生活を営めることに感謝感謝。」という感じだ。



また、障害のあるなしに関わらず、本当は全ての人間には生きる意味がない。

さらに人間は、「〇〇のために生まれてきた」という明確な理由がなく、生まれてから死ぬまでの間、自由の刑に処されている。





だからこそ人生において、自分自身で生きる意味を作り出せば良い。


「俺は〇〇のために生きる!」とか、

「俺は〇〇のために生きている!」と勝手に考えて、

生まれてから死ぬまでの間を、楽しく謳歌すれば良いのだと思う。






おしまい。

しばらくブログ更新をお休み致します

どうも。


特に書くこともないので、

しばらくブログ更新をお休み致します。


また書きたくなったら再開します。


今後とも宜しくお願い致しますm(__)m

おしまい。

会える時は会っておく

どうも。



地元の商店街にあるケーキ屋で「ホールケーキ」を購入し、それを実家に住む家族のもとに届けに行った。

「クリスマスでもないのにどうしたの?」と驚かれたが、皆の顔を久しぶりに見れて良かった。


人間、何が起きるか分からない。

会える時は会っておこうといつも思う。

知人に、「今生の別れでもないのに。」と言われたことがあるが、全ては後悔しないようにするためだ。

翌日に一緒にすき焼き鍋をして食べようと祖父と約束していたのに、

そのまま帰らぬ人になってしまった経験がある。

だからこんなことを考えるのだと思う。


幼かった俺にとって、あれは悲しかった。



人生において病苦や事故など、突然想定外のことも起きるやもしれぬ。



何があるか分からないのはお互い様だが、

死んでからでは遅すぎるのだ。

会える時は、極力会っておいた方が良い。



何にせよ皆の笑顔が見れて良かった。


おしまい。

フライング雑煮

どうも。

今日から12月となった。

だから何なのだと思うかもしれないが、12月となった。

そう、師走である。

だから何なのだと思うけど、2019年最後の月となったのである。

だから何なのだと思うけど、


この事を噛み締めながら、ゆるく適当に生きたい。



そろそろ餅を購入して、雑煮を食べようと思う。


世間一般では正月に雑煮を食うみたいだが、

俺は寒い季節になった途端、「フライング雑煮」をしてしまう。

いや、そういえば去年なんて、11月にフライング雑煮を行っていた。

それを他人に言うと驚かれてしまったことがあったが、自分の中ではこれは当たり前の恒例行事なので、別に何とも思わなかった。

「雑煮=正月」という固定観念を持っているから、大いに飛躍出来ないのだ。

そんな固定観念は捨てるべきだ。


「冷蔵庫=食材を保存する場所」と思っているから、大いに飛躍出来ないのと同じ原理だ。

本棚が書籍で溢れている。

書籍を置く場所がないと嘆いている人がいたが、

冷蔵庫の中にも書籍を保存しておくことは可能だ。

今すぐ固定観念は捨てるべきだ。


話が脱線したが、

寒い季節になると雑煮を食べたくなる。

あれはとても好きだ。




自分で書いていてなんだが、「フライング雑煮」って何だよ。

「フライング」と書いている時点で、

俺の中にも、「雑煮=正月」という固定観念があるのだろうな。

俺もまだまだ未熟である。

努力したい。


おしまい。