井口佑斗のブログ

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人と会って別れた直後の寂しさ あれは何度味わっても切ない 寂しさと向き合える大人になりたい

どうも。


会いたい人に会って、別れ際と別れた直後と、自宅に到着した時がクソ寂しい。

ヤバい。

あれはヤバ過ぎる。

会ってその人と話している最中でさえも、もう別れ際のことを考えていたりする。

「今この瞬間は楽しいけど、どうせまた後で寂しくなるんだろう?」とか思っていたりするのだ。


もちろん今より若い時も、こんな感情を抱くことはあったが、それにしても、それが年々強くなっている気がする。


普段ひとり暮らしをしているせいなのか、それとも年齢を重ねて段々と弱くなっているのか。

それはよく分からないが、会いたいと思っていた人に会えた時の喜びと、別れた後の寂しさは、あれは何度味わっても切ない。


「寂しさには多忙が1番だ。」というセリフを何度も聞いたことがある。

その通りなんだけど、あえて自分で用事を作ったり、家事をこなしたりして、意識的にわざと忙しく
していると、

「あ、俺は今寂しいと思っているんだな。だからあえて多忙にしているのか。そうなのか・・・。」と寂しい自分を確認出来てしまうので、その時はちょっと苦笑してしまう。



「寂しさを埋めるためにわざと多忙にするなんて・・・。」と他人に思われそうだけど、案外俺と同じような人っているんじゃないだろうか。

別の何かをしておかなければ、この身がもたない。

寂しさで押し潰されそうになる。


動画閲覧、アニメ・マンガ、読書。

このあたりは、寂しさを埋めるために行うものとして、わりと上位にくるんじゃないだろうか。

今まで何度もこいつらに助けられてきた。

だが、だがである。


こいつらでさえもかき消すことの出来ないぐらいの寂しさレベルの時がヤバい。

本当にヤバい。



寂しさをかき消すために、わざと動画閲覧した際、

恥ずかしい話だが、あまりの寂しさに、その動画の内容が全然頭に入ってこなくて、無意識にポロリと涙をひとつこぼした時があるw

読書もしかりで、これを読んで寂しさを紛らわせようと思って読み始めたのに、全然本の内容が頭に入ってこなくて、会った人のことを思い出して、ポロリと涙をひとつこぼした時もあるw



そうだ。

埋めることの出来るレベルなら良いのだ。

問題は、

別の何かをしていても埋めることの出来ないぐらいの寂しさが襲ってきた時だ。

その時は相当ヤバい。



もう諦めて、素直にその寂しい自分を認めて受け入れるしかない。(諦めて寝るしかない)

「この寂しささえも愛しいわ!」

そんな風に思えるぐらいの大人になりたい。

精神的に強くなりたい。


貝になりたい。




おしまい。