井口佑斗のブログ

井口佑斗のブログです。

独り暮らしの寂しさと気楽さ 週末婚についてちょっとだけ考えてみた

どうも。

独り暮らしをしていて、1番寂しさを感じる場面はどんな時だろうか。

個人的に俺の場合、人に会ってから帰宅して、またひとりの状態に戻った直後が1番ヤバい。

寂しいなと感じる。

誰かと喋ったり遊んだりした後で、またいつもの元の鞘に収まる。

ガヤガヤとした時間から、急にもの静かな時間に移る。

あまりのその落差に、余計に寂しさを感じてしまう。

その寂しさをかき消すために、わざと何かしらの作業を行って忙しくする。(洗濯とか食器洗いとか)

忙しさに寄りかかろうとするのだ。

でもしばらく経過すると、何でもなくなってくる。

「独り暮らし最高だなー。気楽だ。」とか思いながら、いつものようにカフェオレとお菓子を飲み食いしながら、ブログの文章を書いていたりする。

俺と同じく、こういう人って他にもいるのだろうか。

寂しさを感じたり、気楽さを感じたり。

自分も人間なんだけど、人間って本当にわがままな生き物だなと思ってしまう。

寂しさを感じるけど、ひとりの時間も欲しい。

だから天海祐希が言っていた、お互いの家を近くにして、週末に往復するような「週末婚」は、わりとアリなのではと思った。

寂しさもあるのだけど、お互いのひとりの時間も確保したい。

ちょうどどちらの願いも叶えてやろうというスタンスなので、あれはなかなか良い。



昔、付き合っていた彼女に「週末婚」を提案してみたら、「なんでずっと一緒に過ごさないの?もしかして私のこと嫌いになったの?」と言われた。

いや、嫌いになったわけではないけどw

後日母親に、「週末婚」について話してみたら、

「めっちゃ良い案だけど、それって若い女の子にはきついかもね。ある程度は年齢と経験を重ねていないと、納得してくれないと思う。」と言われた。

うーむ、やはりそうなのか。

じゃああれか、必然的に、俺より年上の女性になるのか。

週末婚」って、精神的にタフネスじゃないと、受け入れてもらえないかもな。

パートナーとずっとベッタリしていたいタイプの女性には、不向きなんだろうなと思う。


こんなことを考えていて、実際いざ結婚してみたら、嫁とベッタリくっついていたりしてなw


そもそも俺自身、結婚願望があるかないか、正直分からん。

結婚したいなと思う時もあれば、まだひとりで気楽に暮らしていたいなと思う時もある。

結婚願望があったらすぐに行動していると思うし、それがないのだから、まだ自分の中でそこまで切迫感がないのかもしれん。



結婚するはずがないと思われていた、あの馴染みのスタイリストさんでさえも、40歳で結婚した。

あれにはちょっと驚いた。

その人は、イケメンで年収も多いから、モテモテだったけど、きっと30代までは遊び尽くしたのだろう。

遊び尽くしてからの結婚。

それは物凄く理想的だと思うが、このやり方は、若い頃からモテている男にしか出来ない業である。

また、年収が多いと、どうしてもソロ男になりやすい。

今の世の中結婚しなくても、何でもある程度はひとりでこなせる。

飯なんて外食や中食もある。

たとえ家事が出来なくても、お金を支払って、家事代行業者に任せればいい。

性欲は、風俗で事を済ませる。

ガチでその女性と一緒に居たいと思わん限り、また家族というものが欲しいと思わん限り、昔の日本ほどのメリットがない。

これはよく言われる話だ。

まあ、「メリット」と捉える時点で、女性をモノやお手伝い扱いしてるのかと怒りそうになるが。


「人生、何があるか分からないものだよ。」ってスタイリストさんに言われたけど、まあ確かに、それはそうかなと思う。


もう自然の流れにこの身を任せるわ。

「 時の流れに 身を任せ〜 」となぜかテレサテンを思い出した。

おしまい。

ぶり大根を作ってみた

どうも。

人生初の「ぶり大根」なるものを作ってみた。

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(写真のぶり大根と周囲が汚くてすみません)

大根とぶりを適当に切って、調味料で味付けして、そのまま電子レンジで10分ほどチンである。

おお、こんなに簡単でいいのかと思った。

だいたい料理の工程は主に3つで、

材料を切って、熱を加えて、味付けすればほとんど出来てしまう。

工程を単純化すれば、わりと簡単なのに、失敗する奴って、単にレシピ通りに作ってないだけの気がする。

適当に目分量とか、ホントにやめろ。

きちんと計量しなさい。


レシピ通りに作らない奴って、理科の実験も出来ないのではないか。

そんな風に疑ってしまう。







〈電子レンジでぶり大根 簡単なレシピ〉

水250 CC

料理酒大さじ2

みりん大さじ1

醤油大さじ2

砂糖小さじ2

ほんだし 適量

本つゆ(めんつゆ) 適量

チューブの生姜 適量

ぶり 2切れ(適量)

大根 1/4(適量)




今後もまだ作っていない料理に挑戦していきたい。


おしまい。

カラオケ

どうも。

時間が空いていて気分を高めたい時は、結構割りと、フリータイムでひとりカラオケに行く。
(以下ヒトカラと省略する)

夜中に行くことがほとんどだが、ヒトカラは他人に気を遣わないで好きな歌を歌いまくったり、試運転と称して練習出来る所が良いところだ。

かといって他人と行くのが嫌なのではない。

他人と行けば、自分の知らないような曲を知ることが出来るし、デュエットソングなんかも歌えるし、何よりも喋ることが出来る。


他人と行くのも、ヒトカラするのも、俺は両方好きだ。

それぞれ一長一短あると思うが、大人ならば、ここはバランスよく利用していきたい。

これはカラオケだけでなく、人間との付き合い方とも通じるところがある。

ひとりで過ごす時間、他人と一緒に過ごす時間。

そのどちらも両方楽しめることが、精神的に大人になったなと言えるのではないだろうかと、ふとそんなことを考えた。


孤独で有意義な時間があるからこそ、他人と過ごす時間に、余計に愛しさを感じるし、また逆もしかりだ。

どちらの時間も大切にしていきたい。


おしまい。

雑文その2

どうも。

雨の中、朝から役所に行って用事を済ませた後、セブンイレブンで初めて「Google play ギフトカード」なるものを購入した。


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これはvariableタイプのカードなので、固定された金額ではなく、自分の好きな金額を指定出来る所が良い。

今回は暇潰しの一環として、某出会い系アプリを利用するために購入した。

このカードの裏面には、20桁のコードが記載されている。

そのコードを用いて、各種のアプリサービスを利用することが出来るのだが、コードを隠すために、銀色のラベルで覆われていた。

そりゃそうだわな。

コードが見えたまま販売なんて出来ないもんな。


コインやセロテープ等で削らなければ見えない仕様になっていたので、俺は財布の中から10円玉を取り出し、それを用いてガシガシと削った。


削っていると、宝くじのスクラッチでもしてるのかという気分になった。


なんとか20桁のコードとご対面出来た。

ここまで来るのに苦節15年。

本当に下積み時代は長かった。

売れるって大変なことだな。


コードを購入画面で入力して、某出会い系アプリを開始した。

今までデリヘルやソープに行って、性行為ばかりしていたのだけど、セフレでも作るかと思い、このアプリを開始した。

さて、どうなることやら。

何か進展があれば、また適当に書きたいと思う。

おしまいまい。

雑文

どうも。


1月14日(日)、電車で弟と一緒に和泉府中に行き、馴染みのスタイリストさんに髪をカットしてもらった。

その人は40歳の時に結婚したのだけど、寂しさと自由について語り合った。

今まで独身で、自由で気楽な生活を好んでいたけど、どうやら突然結婚するという流れになったらしい。

そんなものなのか。

人生、何があるか分からないものだと思った。

その後、お尻に出来た褥瘡(じょくそう)と、祖母宅でハロゲンヒーターで火傷した右膝に貼るためのガーゼを、DAISOにて大量購入した。

翌日。午前中から弁護士事務所に行き、夕方頃まで打ち合わせを行った。

そこから祖母宅に行って、二人で夜中の1時頃までべらべらと喋った。


その後、ひとりカラオケをして、朝まで歌った。

そこから帰宅して、残っていた仕事を処理し、就寝。

先ほど起床して、今に至る。

眠って少しだけマシになったが、三十路前ともなると、疲れが段々と抜けにくくなってきた。


母親や祖母に、「年々、もっと疲れてくるでー。」と脅されているのだが、これ以上疲れが抜けにくくなるとか、年齢を重ねることが恐ろしい。

「むしろ疲れてない日の方が少ないわ!」とマツコ・デラックスがテレビで言っていたけど、きっとそうなんだろうなと思う。

自分の身体への日頃のメンテナンスが大事だなと思った。

そんな風なことを考えた三十路前であった。


おしまい。

文章を書いていると血が騒ぐ 元気になる

どうも。


唐突だが、文章を書いていると血が騒ぐ。

なんか知らんが、元気になってくる。


「オラオラオラオラッ!」という気持ちになってきて、何でも出来てしまうという「全能感」に満ち溢れる。


このまま空も飛べるだろうし、何よりきっと、ドローンよりも速いのではないだろうかという気になってくる。


アホだ。

自分でもよく分かっている。

アホなんだけど、文章を書くことは、そういう気持ちになることが出来るのだ。

全能感に浸れたり、夢を見ることが出来るが、これはあるひとつの効能ではなかろうか。



一般的に全能感は、ネガティブなこととして捉えられているが、自分の気分や感覚に留まり、実際に窓から「I can fly!」とか言いながら窓から飛びおりたりするような「行動」に直結しない限りは、別に問題はないと思うし、これが全くのゼロでも困りものだ。

全能感もそこそこに、自分自身にはったりをかける意味でも、ある程度は必要だと思うが、これを持ち過ぎて、他人を馬鹿にしたりし出すと、それはあんまり宜しくない。

まあ、ありきたりな結論なんだけど、要はバランスが大事なんだなと思う。

しかし文章を書き終わった時がいけない。

途端にパワー切れを起こす。

個人的にその疲労感は、スポッチャで朝まで遊んだ時と同じぐらいである。


「疲れたー」とか言って、動きが鈍くなり、やがて床にじっと座ったままになる。

壁や天井をボーッと眺める。

しばらく座っていると、コーヒーが飲みたくなる。

でも作る気力さえもなくて、しばらくボーッとしてしまう。

飲みたいな、しんどいし面倒だ、飲みたいな、しんどいし面倒だ。

しばらく脳内で、これを繰り返す。

文章を書いて、快楽を得た後の反動は、あまりにも大きいが、書いている最中は元気になれるし、読んでくれている人から何かしらの反応を得ることが出来るため、やっぱりやめられないのであった。




おしまい。

過去の自分と今の自分を比較してみた

どうも。

今日は過去の自分と今の自分を比較してみたい。



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↑写真は23歳の俺だ。

ちょうど腸閉塞で入院した頃だったと思う。

若い。



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↑この写真は27歳の時の俺だ。

見ると白髪が生えている。

確実に老化しているんだなと実感した。

悲しみ。



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そしてこれが現在の写真だ。

29歳。

今年は20代最後の年だ。

10月の誕生日がくれば、遂に三十路となる。

今の内に、大いに20代を満喫しておきたい。

どうやって何を満喫していいのかは知らないけど。




今回は適当に、23歳・27歳・29歳の頃の自分自身を比較してみたが、特に何も良いことは起きなかった。

白髪が増えてきたなということぐらいか。


こうして写真を比較したのは、自分自身の老化の度合いをこの目で確認したかったからである。


若い頃に戻りたい。無になりたい。

おしまい。