井口佑斗のブログ

井口佑斗のブログです。

心斎橋でパンケーキ

4月17日(水)のこと。

出会い系アプリのタッ○ルで出会った22歳の女性と、

心斎橋のエッグスンシングスでパンケーキを食べる約束をした。


どうしようか。

行けないことはないのだが、車椅子常用なので往復がめんどいのである。

地下鉄の御堂筋線とか超ダルい。

新たな出会いなのでワクワク感もあるが、デートまでの準備と往復の移動が本当にダルい。


なら最初からデートの約束なんてするなと言われそうだが(笑)

おでかけしたい女性に、ノリで適当にメッセージを送信していたら、

「一緒にパンケーキ行きましょう!LINEのID教えて下さい!」と言われてしまった。


最近本当に暇だから、ノリで適当に、

「ぜひ行きましょう!」と返事してしまった。


約束しておいてドタキャンするのも申し訳ないしな。

三十路のオッサンとしては、出来る限りドタキャンはしたくないという思いがある。

「おりゃー!」とLINEをブロックして、

「デートバックレー」になるのも1つの手だが、

もし相手側がきちんと待ち合わせ場所に来ていたらそれはヤバいしな。


普通にデリヘルやソープでセックスするのも良いのだけど、時折それに虚しさを感じてしまい、

いわゆる一般の女性と普通にデートを楽しみたいなと思ってしまったことが全ての始まりだったのだ。

迷う。

本当に迷う。

そして4月18日(木)の夕方に、LINEでドタキャンの連絡をした。

すまん。

なんか気持ちがしんどくなってしまったのだ。


こんな俺と一緒にお茶がしたいと言ってくれたのに。


申し訳ない。




おしまい。

時たまカラオケに行きたくなる

時たまだが、カラオケに行きたくなる。



誰かと行くのも好きだし、1人で行くのも好きだ。

誰かと行けば、

「へーこんな曲もあるのか!」と自分の視野が広がるのが利点だし、1人で行けば、遠慮なくZARDメドレーを歌うことが出来る。

それぞれの良さがある。

この文章を書いている最中に、またカラオケに行きたくなってきた。

1人でカラオケに行く時は、だいたい夜中に自宅を出発して、早朝までを過ごすことが多い。

その時間帯なら、客が少ないのが利点だ。



そういえばこの前、

仮面ライダーブラックRXのOP曲を気持ちよく1人で唄っていたら、隣の人も同じ歌を唄ってきたことがあった時は驚いた。

宮内さんの声が渋くてカッコ良く、とても好きなんだが、

あれは絶対俺に合わせてきたのだろう(笑)

それから唐揚げと枝豆とポテトのおつまみセットを注文して、リアルゴールドと一緒に飲み食いしながら、

しばらく1人で黙々とZARDメドレーを唄っていたら、今度は隣の人がZARDの「息もできない」を唄っているのが聞こえてきた。


これは俺に合わせてきていると確信したので、

そこからは「あなたを好きだけど」、「Don't you see!」、「あなたを感じていたい」、「心を開いて」を唄ってあげた(笑)


どうでもいい話を書いてしまった。


また近々カラオケに行きたい。


(追伸)

ちなみにその隣の人は35歳のオッサンで、最後は一緒に仮面ライダーブラックRXのOP曲を唄った(笑)

確かあれは夜中3時頃だった。


おしまい。

出来る限りたくさん書いて死ぬ

暇だ。

何もすることがない。

暇だからトーラムで遊んだり、ポイントサイトでポイントを貯めたりしている。

毎日やってるのでどちらも飽きたが、ポイントサイトはお金に変換することが出来るので、まだ多少は生産性がある。

問題はトーラムの方だ。

こいつには生産性がない。

生産性はないのだが、暇潰しにはなる。

だからまだ少しは役立つので、アンインストールはしていない。

レベリングしたり素材ポイントを集めたりするのだが、本当に何の意味もない。

言ってしまえば、ゲームそのもの自体がそうだ(笑)

(人生において、生産性ばかりを追い求めるのもどうかなと思う時もある)



今日は文章が書きたくなった。

生きていると、時々文章を書きたくなる。

せっかくこの世に生まれてきたのだから、大量の文章を書いて死にたい。


飲み食いしてトイレに行く。

飲み食いしてトイレに行く。

時たま文章を書く。

それを繰り返している内に、いつの間にか死ぬ。

最高じゃないか。

アホらしくて。

出来る限りたくさん文章を生産して、そして最後は眠るように死んでいきたい。



おしまい。



(追伸)

スイスで安楽死したい。


トーラムオンラインと人間の人生

「トーラムオンライン」をプレイしていると、人生を感じる。

このゲームは、基本的に自由だ。

ゲーム内の通貨である「スピナ」を稼ぎまくっても良いし、 ひたすらレベリングしても良い。

自分の武器や防具を精練して強化しまくるのも良いし、薬品や木材など、ひたすら素材ポイントを集めるのも良い。



何をしても良いし、何をしなくても良い。

それは各プレイヤーの自由である。

好きなようにしろとか、まるで人生ではないか。


このゲームの謳い文句には、

「自由を謳歌できる」とあるようだが、

とにかく自由を満喫出来るのがこのゲームの売りである。

が、しばらくプレイしていると、段々と飽きてくる。




人生だって同じだ。

ずっと生きていると、徐々に飽きてくる。
(もちろん飽きない人もいる)



人生もトーラムも、この飽きと戦うために、


自分で目標を設定したり、やることを見つけねばならない。


面倒だ。

面倒だが、それを楽しいと感じる人もいるだろう。



「人生は死ぬまでの暇潰し」という言葉があるが、これはまさにそうだなと感じる。


本来、地球上の人間は、別に何もしなくても良い。
(どうせ最後は死ぬから)


だがそれでは死ぬまでの間、あまりにも退屈で面白くないので、

退屈凌ぎに勝手に目標を設定し、

退屈凌ぎに勝手に目標を達成し、

そして退屈凌ぎに勝手に達成感や充実感に浸るのである。

人間なんてそんなもんだ。


目標を設定すると柔軟に対応出来ず、自分で自分の人生の枠を狭めているのではないか。


自分自身で作り出した目標や定義にがんじがらめとなり、いつの間にか身動き出来ずに苦しむのではないか。


もちろんそういう意見もあると思うし、俺にもそういう感覚もある。


しかし目標を設定するメリットもあるらしい。

人生に少しだけの「ハリ」を持たせ、死ぬまでの退屈凌ぎが可能となるのだ。



だが人生における目標の設定は、各人の好きにすれば良い。

「ハリ」を持たせて生きても良いし、ダラダラと毎日生きても良いのだ。

もうとっくに好きなようにしてると思うが、人生の素晴らしさは、こういう「自由さ」なのかもしれない。


しかし人間面白いもので、

自由だからこそ何をしていいのか迷い、自由なことに苦しむという人もいる。(人間は自由の刑に処されている)

時に自由を求めたり、時に自由に苦しんだり。

人間という生き物は、本当に忙しない生き物だ。


だが、不自由よりかは自由な方が良い。



そりゃそうなんだけど、

問題は襲ってくる「飽き」との戦いだ。

飽きてくる人生をいかに飽きないように工夫するか、自分自身を騙すか、

人間そんなクリエイティブさが必要となる。


こうすれば飽きがこないのではないか、こういうやり方ならばもっと楽しめるのではないか。


ひたすら頭を使い、ひたすら工夫する。

それが人生の醍醐味なのかもしれない。



トーラムオンラインの場合、

今日は木材ポイントを5万ポイント集めようとか、明日は100万スピナを稼ごうとか、自分で勝手に目標を設定して、毎日マンネリと戦っている。

まあ、人生も似たようなものだ。

トーラムよりかは出来ることの選択肢が多いが、

今日は腕立て伏せを1000回しようとか、今日はデリヘル嬢を10人抱こうとか、勝手に適当に目標を設定して、飽きと戦えば良い。

もちろん何の目標も設定しないで、のんびりダラダラと何もしなくても良い。

別にそこに罪悪感を感じる必要性はないし、他人がそこを責める権利もない。


人間の人生は、トーラムよりかは選択肢が多いし、人間には創意工夫する頭があるのだから、

例えこの世でどれだけ生きてみても、未経験はきっと消せないはずだ。

それなのに、「人生に飽きた。」と言ってるのは、

毎日決まりきった「ルーティン」や「習慣」にどっぷりと浸かっているからだろう。

(ホメオスタシスが働くから仕方ない面もある)



飽きてるけどそのままで良いのなら別に何の問題もないが、

飽きているのにこのままではダメだと悩んでいる人の場合、それはちょっと苦しいだろうな。



今まで自分が構築してきた「習慣」や「ルーティン」ってなかなか壊せないだろうし。

(もちろん必要なルーティンもあるので、全てを壊す必要はない)


もし少しでも変化させたいなら、

まずは1日の自分の行動を全て文章化して、客観視してみることだ。

これをしばらく続けてみる。

自分の行動の文章化を続けていると、

「あー毎日同じことをして生きているんだな。」と浮き彫りになってくると思う。

何事もまずは、客観視と現状把握からだ。


俺の場合、毎日1つ以上は初めてのことをするようにしていて、それを日記につけている。(記録しておいて時たま読み返す。また、被らないようにするため)

人生における飽きとの戦いは、結構自分の頭を使うので、

これこそがなかなか良い暇潰しではないか。











(追伸)

ゲームをしていて人生を感じるとか(笑)

おしまい。

「一緒に障害を背負いたくない。」 何だよその表現

2018年。

あんまり思い出せない。

引っ越しして住む場所を変えたぐらいか。

きっと他にも色々あったはずなんだが、

こうしてすぐに思い出せないのも、老化なのかもしれない。

まあ俺も、「三十路」だもんな。


出会い系アプリの「タッ○ル」で知り合った女性が自宅に来て、なぜか知らんが一緒にピザを食べた。

最初、タッ○ルでメッセージのやり取りをしていたが、向こうから急に、

「そろそろLINE交換しませんか?」と言ってきたので、

「良いですよー。」と返事した。


それからしばらくLINEで他愛もないことをやり取りしていたのだが、夜の23時頃、LINEの無料通話で電話がかかってきた。

「こんばんはー。声を聞いてみたかったから電話かけちゃった。夜遅くにごめんね。」と言われた。


「別にいいよー。」って優しく返事したら、その通話は翌朝の6時まで続いた。


その日は睡眠を取ることが出来ずに仕事をした。

この年齢ともなると、流石に徹夜で仕事はしんどかった。

優しく返事しなきゃ良かったと思った。

その2日後、

LINEで「電話していい?」と言ってきたので、


「いいよー。」とまた返事してしまった。


またその日も、向こうの電話にしばらく付き合った。


翌日も電話がかかってきて、俺も悪い気はしなかったので、付き合っていたが、

急に「今からそっちに行っていい?」と言ってきた。

女はなぜいつも、すぐに家に来るのだろうか。



その晩、俺の家に泊まっていったが、俺は別に何もせずに就寝してやった。

向こうはなんかムラムラしてる感じで、

「ここでする?それとも場所を変える?」とか聞いてきたけど、それも無視して寝てやった。


翌朝、ちょっと怒っていて、

「私を女として見ていないの?」的な感じで問いただされた。

「女体がすぐ側にあるのに、セックスしないとは何事か!」と誰かさんに怒られるかもしれない。


だけどまだ知り合ったばかりだったから、自分からはアクションを起こさなかった。

これが「ホラン千秋」だったら、間違いなく危なかった。

きっと理性を失い、猛獣と化していただろう。


その女性が帰る間際に、

「一緒に障害を背負いたくない。」と言ってきた。

意味が分からなかった。


障害を背負うって何だよその言い方。


誰かに背負って貰わなくても生きていけるわ。

別に障害を背負って欲しいなんて1度も思ったことはないし、彼女に言ったこともないし、お前は一体何を言ってるんだという気持ちになった。

俺が身体に手を出さなかったから、女性としての魅力がないと言われているみたいだと傷つき、何か俺に言わなければ気が済まなかったのだろうか。

とにかく意味不明だった。

きっと彼女、寂しがり屋だと思う。(メンヘラ)

LINEや電話の頻度でそれが分かる。

依存されても困るので、あの夜はあえて身体に手を出さなかった。

多分出していたら、そのまま結婚させられるとかありそうだから。

まあ、俺も悪いかもな。


地雷臭がすると分かっていながら、あえて全てのLINEや電話に応えていたから。



タッ○ルしていて良い出会いもあるけど、地雷女もいるから注意が必要だわ。(これはタッ○ルに限った話ではない)


「一緒に障害を背負いたくない。」というセリフ、結構傷つくセリフだわ。

そんなことを一切思わない女性が良い。





(追伸)

人生でこんなセリフ言われたことない。

今まで付き合ってきた彼女にも友達にも。

そもそもこんなことを思う人と付き合って来なかったってのが正しいかも。

あはは。笑うしかない。



おしまい。

久しぶりにデリヘルを頼んだ 快楽半分、喪失半分

急に女性を抱きたくなった。

寒風吹きすさぶ中、夜中の1時53分頃に自宅を出発した俺は、いそいそとラブホテルへと向かった。

出発する前に電話でデリヘルを頼んだのだが、いつも利用していた店は、今日は障害者NGの女性しかいないので断られた。

これにはマジか残念とガックリだった。


仕方ないので、もう一軒別の店にLINEで連絡を取り、指名はせずにフリーでお店のオススメ嬢を頼んでみた。

約1時間後、23歳のFカップ嬢と店のドライバーさんが待ち合わせのホテル前に車で現れた。

ラブホのエントランスには、3段の段差があった。

ここは車椅子と本体の俺を別々にして移動させる作戦を取った。(中学時代、これは作戦Bと呼ばれていた)

まず俺が車椅子から降り、段差の側に備え付けられていた手すりにつかまりながら段差を登った。

次にデリヘル店のドライバーさんに車椅子を持ち上げてもらった。

こうしてエントランスの段差を見事攻略した俺は、まるで全てを成し遂げた人みたいな達成感に満ち溢れていた。(まだ何も始まってもいない)

土日だったせいか、いつも贔屓にしている段差のないラブホが満室であったため、このような事態になってしまった。

まあ、仕方のない話だが、

ホテルの部屋に辿り着くまでに、己の体力と気力をだいぶ消耗した。(疲れて寝そうになった)



ドライバーさんにお礼を言って別れを告げると、部屋へと入室した。

入るや否やお互いに服を脱ぐと、すぐさまお風呂へと向かった。

イソジンでのうがいと歯みがきをしている最中に、嬢は手際よく洗面器で泡を作っていた。

「もしかしてソープに勤めていたことある?」と尋ねると、

「うん勤めていたよ!今までAV以外の仕事は経験してる。グラビアもデリヘルもソープもキャバクラもピンサロも。」との返事が。(オールラウンダーかw)

やっぱりなと思ったよ。

だってあまりにも手際が良かったからw


嬢が入念に俺の股関を洗い終えると、二人でベッドへと直行した。

肉付きの良いお尻を触りまくり、Fカップの胸が俺の腕や胸に当てられると、快楽の波が押し寄せてくる。

これよこれこれ。

あー生きていて良かったなと思う。

しかしこうやって女性と身体を重ねる度に思うことは、俺も体位の1つである「駅弁」が出来たらなということだ。

出来ない体位がくっきり判明すればするほど、

身体障害者」というもう1つの顔が覗いてくる。

「ああやっぱり俺は身体障害者なんだな。」と嫌でも再認識させられる。

なんというかその、忸怩たる思いがある。

俺にとって女性と身体を重ねることは、

「快楽半分、喪失半分」といったところか。

なんかその、辛いけど気持ちいいね。

気持ちいいけど辛いね。

おしまい。

退屈なら、相手にこの身を任せてみる

「人生は退屈だ。」


わりとそう思うことが多い。

しかし気付いてしまった。

そもそも人生というものは、元々単調で退屈なものだと。

ならばそれを、

刺激的な毎日になるように、自分自身の頭で考え、新しいことに挑戦したり、新しいことを自分の生活の中に取り入れたりせねばならない。


アラサーともなると人間生活にだいぶ慣れ、わりと多くのことを経験してきている。

それに、だいたいの生活のルーティンが凝り固まってしまっているので、これを意識的に変えたり、破壊したりせねばならないのだ。

いかに人生を面白くしていくか。

自分の人生は、自分で面白くするしかない。

自分の人生は、自分で点火するしかない。

ずっとそう思っていたが、

先日、ちょっと違う観点から退屈凌ぎを提唱している、あるブログを見つけた。

内容は、

「毎日が退屈に感じるなら、自分の人生を相手に任せてみよう。」という内容だった。


やり方は至って簡単で、

自分の友達や知人に向かって、

「どこでもいいから私を誘って下さい。何でもするから私を誘って下さい。」とお願いするらしい(笑)

これを最初読んだ時、ちょっと笑ってしまった。

あまりにも他力本願だからだ。

自分の人生を相手に委ね、この身を流れに任せる。

いくら自分の知人や友人相手と言えども、

この一言は勇気がいる。

なかなかの猛者だ。



しかしこれは、素直に面白いと感じた。

案外、良い方法なのかもしれない。


「無償で引っ越し作業を手伝え。」とか「無償で家の蛍光灯を交換してくれ。」とか、

ここぞとばかりにタダ働きさせられる確率は大であると思われるが、そもそも一体どんなことを言われるのかが分からないので、ちょっと怖い(笑)

確かに、ハラハラドキドキする要素もあるから、退屈な人生に刺激を与えそうだが、リスクも相当だ。

まあ、1人で退屈な時を過ごすよりかは、遥かにマシだと考えるのか(笑)


書き手は、

「迷惑やトラブル大歓迎!」と書いていたが、

そのスタンスは、天晴れなものである(笑)

おしまい。