井口佑斗のブログ

井口佑斗のブログです。

死にたい気持ちと向き合っていたら、世界中の幸福を願うようになっていた

どうも。

久々にここで文章を書く。

読者の皆様には更新が全然なくて申し訳ない。

基本的に俺は、書きたいと思った時にしか書かない。

書くことがなければ無理には書かない。


だが今、久々に文章を書きたいなと思ったので書く。


文章を書く時は、楽しかった思い出を綴るためであったり、自分自身の思考や感情の整理を行うためであったり、文章化して客観的に己を見つめ、自省するためであったりと、その意味合いは様々である。

が、だいたいの傾向として、


自分自身がネガティブモードというか、ダウナーモードに陥った時の方が多い。


あれこれと考え過ぎて、勝手にネガティブモードに陥っているのだから世話がないが、

日常生活を送る内に、静かにそして着実に、

心の中に溜まってしまったものを外へと放出するために、または精神衛生を清い状態にするために、

己にとっては文章を書くという行為は必要だ。


ここで好き勝手に文章を撒き散らし、

自分だけがスッキリして、逆に読み手は不快になったり、陰惨憂鬱な気分になったりしているのであれば、それは本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだが、

他の人の心に何かしらの影響を与えるような文章を書くことが出来たという見方も出来るが故に、

申し訳ないという気持ちと書き手としては嬉しいという気持ちが同時に起きてくるので、これは本当に複雑な心境だ。


前置きはこの辺にして、

なぜ久々に文章を書きたいと思ったのか。

それはつまるところ、

今日もまた、死にたいなと思ったからである。



自殺を考え始めた時には、

だいたい寝るか文章を書くかで死にたい気持ちを紛らわし、延命策に打って出るのだが、

生憎今日はまだ眠くない。



だからこうしてブログに、死にたいなと思ったことを文章にして、なんとか沈静化を試みているのである。

しかし面白いもので、


このブログで文章を書きながら、


あれやこれやと物事を色々考えている内に、


「ま、とりあえずまだ生きてみるか。」というしょうもない結論に辿り着いた。



「死にたい」という希死念慮が頭の中を占拠し始めた時、

音楽を聴いてみたり、文章を書いてみたり、動画を閲覧してみたり、コーヒーを飲んでみたり、トイレに行ってみたり・・・。



わざと自分自身を忙しい状態にして、何とか凌ごうと試みる行為は、

気づけばそれが10年以上も続いている。

あと1秒、あと1秒生きてみるか。

あと1秒生きてみたら、もしかして今の死にたい気持ちや心境が、変化しているかもしれない。

そんなことを考えながら、様々な延命策に走る。

まだ生きていたいと思うから、延命策に走るのである。


これもそうだ。

ここで文章を書くという行為も、その内の一環なのだ。


死にたい理由もないが、生きている意味もない。


こういう人間という生き物の虚しさに気付いた時からが、本当の始まりであり、ここから本番がスタートするのかもしれないが、ひとつ言えることは、

どうせまだ生きるなら、自分の幸福を願うだけでなく、


自他共に幸福にしていきたいということだろうか。


自分も幸せ、相手も幸せ。


そんな世の中は素晴らしいと思うが、

実現させることは難しいということも知っている。




世界中の人々が幸福でありますように。

おしまい。