井口佑斗のブログ

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日常生活を送ることが出来るという喜び

どうも。

10代の頃は、何もかもが新しい経験だった。

当たり前だ。

人生自体が一周目だからだ。

意識的に新しいことをせずとも、毎日が刺激的で、それなりに満足に過ごせた。


小学生の頃なんて、公園で友達と遊ぶだけで、それだけで満足していたからな。

それがいつからか、友達と遊ぶ時でさえも、お金を消費して遊ぶようになっていったのだから、成長って怖いものだ。

その分、行動範囲も広がり、遊びの選択肢も増えていったのだが、見事に気付かぬ内に、資本主義の仕組みに浸かっていったのだと思うと、恐ろしくなってくる。

そして二十代に突入してくると、人生自体が2周目なので、その新鮮味が少しずつ失われていき、自分で意識的に毎日新しいことをせねばならなくなってきた。



「毎日新しいことをせねばならない!」とか思いながらずっと生きていると、なんかそのこと自体に疲れが生じてきた。

人生自体は短いものだし、有意義な毎日を過ごしていかねばあっという間に死ぬぞと周囲の声に急かされ、毎日新しいことをどんどんしていかねば!と焦燥感にも似たような気持ちが、いつしか自分自身を苦しめていくようになった。

だから今はほどほどに、自分自身が疲れてしまわない程度に、新しいことをしていくことにした。

無理をせず、自分自身に時たま与えていくことの方が、より長く、この人生を楽しめる。

そんな風に思った。

新しいことをしていかねばならないという考えが、いつしか義務感みたいに化けて、それが自分自身を苦しめていったなんて、そんなの笑うしかないではないか。



でも最近では、

いつもの変わらぬ日常生活を送ることが出来ることに感謝の心を持ち、その喜びを噛み締めながらも、無理しない程度に、時たま新しいことをしていく。


これぐらいのスタンスの方が、自然体で穏やかに生きていくことが出来るのかもしれないなと、

そんな風に感じる三十路前なのであった。

おしまい。