井口佑斗のブログ

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どのペットを飼育しようかとあれこれと考えていたら、身動きがとれなくなってしまったんだが

どうも。

最近、どのペットを飼育しようか迷っている。



出来れば寿命が長く、なついてくれるものがいい。




今のところの候補は、


オカヤドカリ、ウーパールーパー、ジャンガリアンハムスター、キンクマハムスターあたりである。


それぞれのデメリットを挙げていくならば、

ハムスターは、そんなに寿命が長くない。



ウーパールーパーとオカヤドカリは寿命が長いが、オカヤドカリは色々食べるので、献立を考えるのがわりと面倒だ。

ウーパールーパーは大きくなると、でかい水槽が必要になる。

うーむ。

何を飼育したとしても、一長一短であろう。



また、寿命の面だけを考えると、普通にカメや鯉でも飼育してろと言われそうだが、飼いたいかと聞かれればそうでもない。

寿命の長いイグアナとかも考えたが、腕などを引っかかれるのは困りものだ。




迷う。


しかも飼育する前から、ペットが死ぬ時のことを考えてしまっている。


「あんなに一緒に楽しく過ごしてきたのに、死んでしまった。とても悲しい。」とか思っているのである。

飼育する前から「死」について考えてしまうと、飼育すること自体が出来なくなりそうだが、

でも個人的には、この考え方って大事なのではないかと思っている。

やっぱり命ある生き物なのだから、いつかは死が訪れる。


予め飼育する前から、死ぬことへの心構えをしておき、死んでしまった時のことを想定しておくことは必要だと思う。




飼育すれば、きっと楽しい時間や癒しを提供してくれるだろうが、


そもそも飼育すること自体が人間のエゴで、野生の方が幸福なのかなとか思ってしまい、色々考えを巡らせていると、身動きがとれなくなってしまった。

「人間が快適な住環境や食事を提供してやっているのならば、別にそれは考えなくてもいいだろう。」という意見もネット上に見られたが、そういう考え方をしていること自体が、エゴだったりするのかもしれないとか思ってしまった。


もちろん野生にいる時よりも、良い住環境や食事を整えることが出来れば1番良いことだが、それは結構難しい話だ。

それは痛感している。



また逆に、野生にいる時よりも劣悪な住環境を提供してしまったならば、飼育されていること自体が可哀想だという話になる。


こんなことを考えてしまうタイプの人間には、ペットを飼育すること自体が困難になってくるではないか。(何も考えていない人間の方が容易く飼育出来る)


飼育すること自体が人間のエゴであることは分かっているのだが、飼育してみたいなと思う自分もいるので、困った話である。


やはり俺という人間は、いつも矛盾した考えを同時に思いついてしまうようである。

「賢い人間ほど、矛盾した考えを同時に想定することが出来るんだよ。だからいつもその人の心の中で、2つの考え方がせめぎあっているんだ。」という言葉をかけてもらったことがあるが、確かにそれはその通りだと思うが、こういうタイプの人間は、「アホで行動的な人間」に一歩先をリードされることがあると思う。


色々考えずに、自分のやりたいことをすぐに実行出来れば1番良い話だけど・・・。



ネチネチ考えてから行動を起こすタイプの人間のメリットとしては、やはりメリットとデメリットを炙りだして、最良の選択肢を発見することが出来るという点にあると思われる。


アホで行動的な人間は、その行動スピードには称賛すべきものがあるが、早合点や失敗も多いからな。


どちらが良いという話ではない。

やはりそれぞれ一長一短なのだ。


一体何を話しているのかワケワカメ状態になってきたので、この辺りでおひらきとする。



(追伸)

「寿命が長くてなついてくれるペット」を飼いたいとか思っていること自体がエゴそのものである。


また、エゴだと分かっていても、やはり飼いたいという気持ちがある。


そしてこの考え方自体も、またエゴである。




おしまい。