井口佑斗のブログ

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身体障害者は「悟りの時期」が早いと思う

どうも。


26歳の頃の俺は、当時付き合っていた彼女と、3日連続で同じホテルに泊まり、ずっとセックスしたこともある。

全身筋肉痛で、バッキバッキのボッキボキで嬉しい悲鳴をあげていたが、あの頃は本当に若くて楽しかった。

今もそれなりに楽しいが、もうあんな風に愛し合ったり、連チャンでセックス出来るほどの体力はないだろう。

ちゃんとゴムはつけていたが、

後先も考えず、よくあんなことをしていたものだと、感心するぐらいだが、今は違う。

どうしても先の展開を考えてしまうし、あんまり冒険をしなくなったなと感じる。

保守的であり、より「じじい」に近づいているのではないだろうか。

俺みたいな車椅子常用の身体障害者は、悟りの時期も早いかもしれない。

先天的な障害者の場合、すでに何かしら失っている状態から人生がスタートしているため、

「ただ生きている」というだけでも、そこに有り難みと尊さを感じやすい。

俺の場合、どう足掻いても、自分の足だけで歩いたり走ったりすることは叶わない。


「自分自身の境遇に対して嘆く→諦めて受け入れる」というプロセスを嫌でも辿ることになり、

早い時期から「足るを知る」のである。

状況や境遇、ひいては環境によって人間は規定されるものだというが、障害者の場合は間違いなくこれが該当すると思う。


ある知り合いに、

「井口君ってなんか仙人みたい。」と言われたことがあるが、あながちあのセリフは、間違いでもない
気がする。

もしかしたら彼に、それを見抜かれていたのかもしれない。

その 人の心眼は、恐るべきものがある。



(追伸)

今日スマホで、無料の前世占いを見ていたら、

「あなたの前世は教会の神父さんでした。」という結果が出てきた。

よし、悩める子羊たちを救いにゆくか。


おしまい。


















おしまい。