どうも。
この文章をここに書き留めておく理由は、
生きているかは定かではないが、路頭に迷った未来の俺が、いつでも読み返すことの出来るようにするためである。
俺は小児がん(神経芽細胞腫)で生まれ、5歳の時に車椅子に乗った。
社会の中で、「身体障害者」という括りを充てられ、「身体障害者手帳」を所持している。
その手帳には、「両下肢機能全廃(等級1級)」と書かれている。
この等級は、数が小さいほど、その障害の度合いも重いとされる。
俺の等級は1級だ。
つまり、1番重度とされており、日々生きている上においても、世間からのそのような認識を負うことが多い。
確かに、支えなしでは立つこともままならないため、重度と言えるかもしれない。
だがこの状態が、いわゆる俺にとっての「普通」であるため、あまり自分では、重度の「身体障害者」であるとは思っていない。
生得的であるからそう思えるのであろう。
これが人生の途中で、健常者から身体障害者になっていたならば、また感じ方は違っていたはずだ。
健康であった時の自分と比較出来るが故に、そっちの方が辛いだろうなと思う。
最初から身体障害者として生まれているからこそ、これが当たり前の状態であると思えるのであろう。
まあ、自己認識上はそうであっても、やはりそこは身体障害者。
出来ないことも多い。
まず、階段や段差などの物理的障壁に滅法弱い。
特に階段。
ヤバい。
こいつに何度泣かされてきたことか。
悔しさや呪う気持ちを通り越して、もはや笑いが出るほどである。
しかし、あの階段の形状は好きだ。
整然と存在する時、階段は画になる。
また、形状だけでなく、実際に階段を昇り降りすることが好きだという人もいるだろう。
まあ、一般的にその動作は、苦しさを伴うものだ。
しかし俺は、自分の足を用いて、階段を昇り降りしたことがない。
苦しさを伴いながら、階段を昇り降りすることが出来る。
そこに、羨ましさを感じてしまう。
これは紛れもなく、経験の消失、機会の消失なのだ。
死ぬまでに、1度は味わってみたい。
そう思いながら生きているが、叶わずに死んでいきそうだ。
このことから分かったことがある。
誰かにとっての苦しいことは、誰かにとっては憧れなのだと。
また、俺が苦しいと思いながらしていることも、誰かにとっては憧れなのだと。
この観点は、忘れずにいたい。
おしまい。