井口佑斗のブログ

井口佑斗のブログです。

久々に更新

どうも。

久しぶりのブログ更新である。

急に書きたくなってきたので、こうして書いている。

このブログの更新履歴を振り返ってみると、なんと今年の2月で途絶えているではないか。

これは一体誰のせいなのだろうか。

紛れもなく、糞でポンコツな自分のせいなのは百も承知の助なのだが、ここは人間の心情とも言うべきか。

無性に、誰かのせいにしたくなる。

こういう時ってだいたいいつも決まって、政治家のせいにしたり、「馬鹿野郎!全て政治が悪い!」とか言ったりして、憂さ晴らしするのが通例なのかもしれないけど、俺のブログ更新が途絶えていたことと、世の中に存在する政治家が、一切何の関係もないことぐらいは、たとえ糞でポンコツな俺であったとしても、そこは分かる。ちゃんと分別はつく。


だからやっぱり、誰のせいでもなく、自分のせいなんだろうなとは思う。

そういうことにしておく。

この文章は、真夜中にロッテのチョコパイを食いながら書いているのだけど、そろそろ2017年度も終わりらしい。

どんな1年だったかと尋ねられたら、正直、SMAP解散と北の核ミサイル発射しか覚えていない。

しかしこれは、世間の出来事だ。

肝心の自分の話になると、

「俺、一体どんな1年を過ごしたのだろうか。正直そんなに覚えていない・・・。」と返答に困るばか
りである。

年初に、電子書籍三国志を出したことは覚えている。


最近においても、アプリのクラッシュオブキングスは毎日の日課になっているし、アプリのどうぶつの森のキャンパーレベルも、ようやく18に到達したところだ。

しかし、3月以降から10月ぐらいまでのことが思い出せない。

今年の記憶は、歯抜けの状態である。

多分きっと、大したことをしていないのだろう。

これからもきっと、大したことをしないという自負心もある。




さて、話は変わる。

俺は独り暮らしを始めて、来年の4月で3年目になる。

独り暮らしは恐ろしい。

恐ろしいほど気楽なのである。

好きな時間に好きなものを食える、好きな時間に風呂に入れる。

これだけでもかなりの満足感があるが、実家暮らしならばそうもいかない。

どうしてもある程度の制約は受けるし、自由度は減る。


誰かに命令されたりすることもなく、本当に毎日がお気楽生活なのだが、このお気楽さというぬるま湯を知ってしまったが故に、ある弊害が生じてきている。

そう、他人との共同生活を営むことだ。

誰かとシェアハウスしたり、誰かと同棲や結婚したり。

そういった類いの生活様式を、今から新たに取り入れることに対して、少なからず、抵抗を生みだすのだ。

もちろん、将来がどうなるのか分からないし、完全にその可能性を消し去ったわけではないが、このまま他人との共同生活はしないのかなとも思えてくる。

無論、独り暮らしをしていると、寂しいと思う時もあるにはある。

孤独感が増し、眠れない夜も、あるにはある。


しかし独り暮らしというものは、その寂しさと引き換えにして、気楽さを手に入れているのだ。


他人と共同生活を営むと、煩わしさだとかが生まれてくる思うが、それを回避出来ていることを思えば、どちらの生活様式を選択したとしても、一長一短だろうなと思う。

そう、物事の全ては、一長一短なのである。

しばらくは独り暮らしを満喫する予定ではあるが、予定は未定、世の中何が起きるかは分からない。

もしかしたら、こんなことをブログで書いていた奴が、急に結婚するとか言い出すなんてことは、よくあるパターンだ。

結婚に対しては、ポジティブでもなければ、ネガティブでもない。


積極的にしたいとは思わないし、実際にそれを叶える行動もしていない。

つまるところ今は、気楽さを優先しているのだ。


まぁ、今後の自分の人生は、何が起きるかは分からない。


自然の流れにこの身を委ね、生命尽き果てるまで、ゆるく生きようと思う。

おしまい。